はらいふにっき

コミュニティハウス ”はらいふ” に集う人たちの、日々や思うこと

はらいふができてから会社を辞めるまで。

まさか、自分が会社を辞めるなんて。

いまおもえば、そこにいたことすらびっくりするくらい大きな広告会社。


慎重なところも強い自分が、まさかそんなに大きなものをあっさり手放すなんて。


ここからは、そんなことに至るストーリー。


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2015年の秋、コアプラスは、いろいろな縁からこの「はらいふ」になる高槻の家を借りられることになりました。

とても立派な家ですが、しばらく人が住んでいなかったということで、最初は人が住めるような状態ではない虫屋敷でした。


が、半年以上の時間をかけ、少しずつ人の手を入れて、みんなであれこれがんばって、少しずつ人が集う家になっていきました。

当時は、大阪市内のマンションに住み、ばりばり働くサラリーマンをしていた自分。

毎週末、この田舎の家に行き、庭をいじったり摂津峡を見に行ったり、自然の中での週末ライフを楽しんでいた。

最初は自然の中での暮らしなんてしたことのない自分だったので、庭に向き合うのもおっかなびっくりでしたが、1〜2ヶ月通い続けた2016年のGW頃には、「こんなところで暮らせたらなあ…」とぼんやり考えはじめるようになりました。

考えはじめてからは、一瞬でした。

5月上旬→「こんなところで暮らせたらなあ」
5月中旬→「会社を辞めようかなあ」
5月下旬→「部長、ちょっとお時間いいですか?」
6月上旬→退職願を提出・受理
6月中旬→有休消化開始
7月末→退社・はらいふへ引っ越し


恐ろしいスピード感でものすごく大きな意思決定をしました。


いま、退社して約一ヶ月が経ちますが、それまでとは全く違う人生を歩み始めた実感があります。


毎日、決まった時間に決まった場所に行く生活。


都会のオフィスで働く生活。


毎月決まった給料が振り込まれる生活。


毎日同じ人と顔をあわせる生活。


だまっていても仕事が入ってくる生活。


いまとは全く違う暮らしをしていました。


会社を辞めて、これからどうやって生計を立てていくのか。


誰のために、何をして生きていくのか。


自分はこれから何になるのか。


会社で働き始めてからは、あまり真剣に考えることができていなかった、「生きる」ということ。


「生きる」をはらいふで考えながら、自分の人生を組み立てていきます。


さあ、これからも、生きていこう。